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 丘をはさんで点綴するくさぶき屋の低い軒端から、森かげや小川の岸に小さく長閑に立っている百姓小舎のくすぶった破風から晴れた星空に立ちのぼってゆく蚊やりの煙はいかにも遠い昔の大和民族の生活を偲ばせるようで床しいものです。此の夏は福島のふるさとに帰って祖母達と久しぶりで此の俳味に富んだ何とも云われぬ古風な懐しい情景に親しむことができました。夕方お星様がチラチラまたたく頃になると何の家でも生のままの杉の葉をいぶしてその紫の煙で蚊を追いやるのです。そして人々は煙を団扇で追いながら、とりとめもなく夏の夜を話し更かすのです。何か怪談のような話題でも出ますと、つい杉葉のきれたのも忘れてしまって、攻め寄せてくる蚊軍に驚いて「どうだいちっとくべようじゃないか」と云う風にまたくべ出したりするようなこともあります。風のない夜は紫の煙が真直に空にのぼってゆきますけれど、少し風の強いときは軒端にまつわりついて、薄い絹紗で柔らかに包んだように何をも彼をも美しくすることがあります。こう云う蚊やりは田舎でなくてはみられませんが、都会でも風流な蚊やり器に匂いのいい香を焚いて蚊を追うのは夏の夜のなつかしいことの一つです。

 一番終りのときは、弟二人が大きくなっていた。上の弟が夜あけに不図目をあけたら、足許の戸棚のところに何か黒いものが見えたので、何の気なしに起きかえったらそれは人間の姿で、懐に手を入れ一種威嚇の勢を示した。上の弟は、一言も発せず、そのまんま又仰向けに臥てしまった。
 二番目の弟は学期試験で、一人早く起き出し、食事をする部屋のテーブルの電燈の下でノートを読んでいた。すると、正面に当る廊下の両開きになっている扉の片方が細めにすーと開いて、そこから誰かの眼が内をのぞいた。弟は、書生さんが起しに来てくれたと思った。帳面から顔をあげず、もう起きてるよ、と云って、読みつづけていた。暫くして上の弟が起きて来て、初めて先刻のぞいたのは泥棒の眼であったとわかったのであった。この下の弟は十年ばかり前、思想的な嵐の裡で自身の命を終った。
 須藤さんの杉林は分譲地となって邸宅が並び、松平さんの空地は、九尺ばかりのコンクリート塀で囲われた。藤堂さんの森だったところは何軒も二階建の貸家が建ち並んでいる。表通りの小さい格子戸の家々の一画はとり払われて、ある大きい実業家の屋敷となっているが、三年前の二月ごろから表札が代って、姓だけを上の方にちょこんと馴れぬ筆蹟で書いたものが、太い石の門柱に出されている。

 チェホフやウェルサーエフや、現代ではカロッサ、これらの作家たちが医師であって同時に作家であったことは、彼等にとって比類のない仕合わせ、人類にとっては一つの慰安となっている。
 彼等はいずれもそれぞれの時代、それぞれの形で、人間は不合理と紛乱と絶望の頁を経験したが、それでも猶、窮極に人間は絶望しきらず、非合理になりきらず、人生は謙遜に愛すべきものであることを語っている作家たちだ。
 彼等はそれぞれの制約に対しては、おとなしく且つつましいが、堅牢な理性の確信に立ち、愛という言葉は極度に慎しみつつ、その宣伝にはいそしんだ。この力の泉はどこにあるのだろう。
 自然と人間とのいきさつをときあかす科学が彼等の魂の砦であった。狂乱やこじつけを自然はいつもうけつけない。黙ってしっかりそれをくいつくし、正しい秩序にかえして再現する。その偉力の美しさ、無限の鼓舞がそこにある。世代から世代へ渡る橋桁は人間の心のその光で目釘をうたれ鏤められていることを彼等は遂に見失わなかったのだ。